ビジネス特集 働くあなた 手首から見守ります | NHKニュース

ビジネス特集 働くあなた 手首から見守ります | NHKニュース

「あ、まずいな」と思ったときには意識を失い、次に目を覚ましたのはベッドの上でした。大学生の時、野外のアルバイトで「熱中症」になった私。体調の異変を感じていたのに、周囲の人に伝えることができませんでした。
体調が悪くなったのに言いだせない。仕事中にそんな経験をしたことはありませんか?
手首につける“あの端末”が、働くあなたを救ってくれるかもしれません。
(政経・国際番組部 松村亮)

つらいのに…言いだせない


12年前の大学生の夏、野外でステージを設営するアルバイトをしていた私は、突然、手足に力が入らなくなり、舌がしびれるような感覚に襲われました。視界が真っ暗になり、次に目が覚めた時はベッドの上でした。

「熱中症」でした。

のどが異常に乾く。日ざしがやけに重く感じられる。なんとなく兆候はありました。しかし、当時の私は言いだすことができませんでした。

私の仕事は鉄パイプや足場を運ぶ仕事でした。職人たちが忙しく動き回る厳しい現場。
「熱中症みたいなんですけど…」などと言おうものなら「お前、もう帰っていいよ」と言われかねない。そんなことをぐるぐると考えていたのです。

言いだせなくても大丈夫


体調が悪いのに言いだせない。
働く人には珍しくないそのような我慢が、より深刻な事態を招くのを防ごうと、企業の間で取り組みが進んでいます。使うのは、体に装着して使う「ウエアラブル端末」です。

大手損害保険会社「損害保険ジャパン」は、去年7月から、ウエアラブル端末による熱中症の見守りサービスを始めました。

従業員に腕時計型の端末を装着。4秒に1回、脈拍を計測します。
熱中症の発症につながる異常が検知されるとアラートが鳴り、本人や上司も確認できる仕組みです。

熱中症 雨の日こそ要注意

サービスは、働く現場でどのように活用されているのか。
7月、静岡県にある建設会社を訪れました。どしゃ降りの雨の中、作業に当たる担当者が教えてくれたのは、雨の日こそ熱中症への注意が必要だということでした。


現場の従業員は長袖、長ズボンの作業着。雨の日は、さらにその上からカッパを羽織ります。また現在は、新型コロナウイルスの感染防止対策としてマスクも着用。湿度の高い雨の日は、まるでサウナに入っているような状態になるといいます。

「あっつい…」
作業をしている人たちから、何度もため息が聞こえてきます。

この道30年のベテラン、長田廣行さん。20年ほど前、仕事中に熱中症になりました。長田さんもその時、周囲に体調の異変を伝えることができませんでした。

長田さん
「自分でもやばいと思って足場から降りようと思ったのですが、手すりにつかまったまま、あとは覚えていないです。みんながやっているのに自分だけ体調が悪いから休ませてとは言いにくい。特に仕事をしていると、工期に追われて『きょう中にここまで』というのがあり、どうしても『大丈夫か』って口頭で相手に問いかけても、意地を張って『大丈夫です』っていうのが普通なんです」

ウエアラブルで兆候キャッチ


この会社では、ことし6月からサービスの利用を始めました。

まずは2週間ほど端末を装着すると、AIが個人に応じた基準値を作ってくれます。熱中症にかかる状況は、同じ環境下でも大きな個人差がありますが、個人の基準値があることで、天候など環境の変化による影響や「きょうはなんとなく体調が悪いな」といったその人自身のその日のコンディションもAIが判断。異常を報告してくれる仕組みです。

上司は、パソコンやスマートフォンで従業員の健康状態を随時確認。従業員に直接休憩を指示できるほか、GPSで位置情報も送信されるため、緊急事態の際には、近くの病院を探したり救助に向かったりできるようになっています。

滝田社長
「熱中症のリスクが見える化され、何か数値に異常があればすぐ連絡をして、休憩するよう言えるところが有効だと思います。実際に仕事をしていくうえで、こういう業種は熱中症とつきあっていかなければならない。対策をし、予防していくのは企業の務めだと思う」

サービスを提供している損害保険会社によりますと、これまでに建設業や製造業など、全国のおよそ500社がこのサービスを導入しました。損害保険会社では、新型コロナウイルスの感染拡大に伴うマスクの着用で熱中症が起こりやすい環境になっていると考える企業が増えていることも、導入を進める企業の増加につながっていると見ています。

“感情”も見守ります

ウエアラブルデバイスが見守る範囲は、働く人の“感情”にまで広がっています。
大手電機メーカー「NEC」が手がけているのは、従業員の感情を“見える化”するサービスです。


腕時計型の端末で従業員の脈拍を測定し、脈拍のゆらぎなどを解析。従業員の感情を「喜」「怒」「哀」「楽」の4種類で表示します。

「楽」であればリラックスしている状態。
「怒」であればストレスを感じている状態だと評価します。


検知する対象はあくまでも心理的な変化です。走って脈拍が上がるといった身体的な要因の変化は検知しない仕組みで、愛知県の大学の医学部と共同で開発しました。

こうした感情の状態は、本人と職場の上司が確認することができます。時間帯ごとに喜怒哀楽の動きが可視化され、仕事や人間関係に悩みはないか、業務で過度な負担がかかっていないか、上司が部下を気遣うきっかけにすることができるといいます。

コロナ禍で新たな需要も

このサービスは、2年前に販売を開始。これまでに介護業界や建設業界、製造業などに広がり、数千の端末が販売されたということです。


新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、患者への対応に追われる病院からの問い合わせも相次いでいます。また、テレワークを進める企業が、顔を合わせなくても従業員を見守ることができるサービスとして導入するケースもあるということです。

サービスの担当者は、「従業員が気付いていない、気付いていても言いだせない不安やリスクはたくさんある。それらをウエアラブルデバイスが見つけ、よりよい働き方を提案してくれる可能性を広げたい」と話していました。

ウエアラブル 働き方を変えていくか


こうしたサービスの導入にあたっては、企業側は、従業員から事前の同意を得ることや、プライバシーの保護に細心の注意を払うことなど、対応が求められます。私自身、心身の状態に関する個人情報を提供できるかと言われると、ちゅうちょする部分もあります。

しかしこれまでの自分を振り返ると、アルバイトをしていた時も、社会人になったあとも、言いたいけれど言えない、職場でのそんな悩みが大なり小なりありました。

こうした一人一人が直面する悩みや課題に企業が向き合うことは、一見、非効率にも見えますが、一方で、職場の問題点を掘り起こし、生産性を向上させるチャンスにつながるかもしれません。

ウエアラブル端末が担う見守りサービス。体と心の両面から、今後どのように働き方を変えていくのか、注目していきたいと思います。

政経・国際番組部
松村 亮
2012年入局
福島局、首都圏放送センターを経て、2019年から現所属